受験生「捨てる」という決断が、最強の武器になる
このところ中学受験の話が続いていたので、今日はちょっと気分を変えて、高校受験の話をしようと思います。
中学受験とはまた違う悩みや頑張りが出てくる時期ですよね。いままさに向き合っている方にも、「うんうん、それそれ」と思ってもらえるような内容にできたら嬉しいです。
先日、浜松北高を目指す中3のS君(仮名)と向き合いました。
机の上には、積み上がった過去問と、真っ赤に添削された数学の答案。
「あれもやらなきゃ、これも完璧じゃない」。
言葉にはせずとも、彼の全身から「足し算の呪縛」というノイズが溢れ出ているのを、私は肌で感じていました。
多くの受験生がここで溺れます。不安だから、足す。まだ足りない気がするから、さらに詰め込む。
しかし、満杯になったコップに水を注げば、溢れ出すのは水ではなく、お子さんの「自信」と「冷静さ」です。
私は静かに、けれど真っ直ぐに彼の目を見て言いました。
「S君、決めようか。何を『やらない』かを」
そこで彼が下した決断は、私自身も背筋が伸びるほど鮮やかなものでした。
「2月4日までは挑みます。でも、そこで解法の糸口が見えなければ、本番ではこの難問は捨てます。その15分を、理科と社会の見直しに使います」
「捨てる」。
言葉にするのは簡単です。しかし、受験生にとって目の前の点数を放棄することがどれほどの恐怖か。それは、命綱なしで崖を登る最中に、掴めそうな岩から手を離すようなものです。
真言密教には、執着を離れる大切さを説く教えがあります。
人は何かを得ようとする時、無意識に強く手を握りしめます。しかし、握りしめた拳の中には、新しい未来は入ってきません。
手を開くこと。すなわち「放つ」こと。
その開いた手のひらだけが、本当に必要な「確実な成果」を掴み取ることができるのです。
彼が「捨てる」と決めた瞬間、表情が変わりました。
彼を支配していた焦りのノイズがふっと消え、透き通るような静寂が戻ってきたのです。
「できないかもしれない自分」を認め、「できる自分で勝負する」と腹を括った男の顔。
それはもう、守られるべき子供ではなく、一人の立派な勝負師(勝負士)の顔つきでした。
お父さん、お母さん。
もし今、お子さんが何かを「やらない」と決めた時、あるいは机の前でふと手を止めた時。
どうか、その「静寂」を怖がらないでください。
それはサボりでも、逃げでもないかもしれません。
溢れそうな情報を捨て、雑音を消し、自らの内側にある「合格への道筋」を研ぎ澄ませている瞬間なのです。
逆説的ですが、捨てる覚悟が決まった人間は、迷いがありません。
「解けなかったら捨てる」と決めているからこそ、今は純粋に「挑むこと」に没頭できる。
その潔さが、結果として最大の結果を引き寄せます。
冬の張り詰めた空気の中で、お子さんは今、脱皮しようとしています。
親にできることは、あれこれ付け足すことではありません。
お子さんが勇気を持って空けたその心のスペースに、温かい信頼の風を送り込むことだけです。
不要な荷物を降ろした背中は、軽やかで、強い。
春は、もうすぐそこまで来ています。
2026/01/20 Category | blog
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