9時15分の静寂と革命 —— 令和8年、静大附属浜松中入試が「算数」に託したメッセージ
浜松の冬の朝は、凛としています。
肌を刺すような冷気の中で、吐く息だけが白く浮かび上がる。
私はこの季節の、独特の緊張感が嫌いではありません。
受験生たちが、それぞれの想いを胸に校門をくぐる瞬間。
その背中を見送るお父さん、お母さんの祈るような眼差し。
これまで何十回と祈ってきた光景ですが、令和8年(2026年)1月10日。
この日の朝は、これまでとは少し違う「色」を帯びることになりそうです。
すでにご存じの方も多いかと思いますが、静岡大学教育学部附属浜松中学校(以下、附属浜松中)の入試日程に、大きな変更が加えられることが明らかになりました。
それは、単なる時間の変更ではありません。
長年続いてきた「国語から始まる」という常識が覆され、「算数」が試験のトップバッター、9時15分に配置されるという決定的な転換です。
今日は、この変更が持つ「意味」について、教育者として、そして一人の人間として、深く思考を巡らせてみたいと思います。
「思考の純度」を問う朝
なぜ、附属浜松中は算数を最初に持ってきたのでしょうか。
資料を読み解くと、そこには学校側からの強烈なメッセージが浮かび上がってきます。
それは、「最もクリアな脳で、君の本当の思考力を見せてほしい」という、切実なまでの願いです。
算数という教科は、誤解を恐れずに言えば「逃げ場のない教科」です。
答えは一つ。論理が破綻すれば、正解には辿り着けません。
特に附属中の算数は、公式を当てはめれば解けるような代物ではなく、複雑な事象を読み解き、論理を積み上げる「構造的な理解」を求めます。
従来の「国語→算数」という流れでは、国語の長文読解で脳の言語野をフル回転させ、ある種の疲労を抱えた状態で算数に向かうことになっていました。
しかし、令和8年からは違います。
朝一番、睡眠によって整理され、ワーキングメモリが最も満たされた「フレッシュな脳」で、難問に挑むことになるのです。
私はここに、学校側の「本気」を感じずにはいられません。
「知識の詰め込みや、パターンの暗記で乗り切ろうとするのではなく、受験生自身の頭で、その場で考え抜く力を見せてくれ」と、問いかけられているように思うのです。
親としての「揺らぎ」、子にとっての「試練」
しかし、この変更を知ったとき、親御さんの心には小さな「さざ波」が立ったのではないでしょうか。
「いきなり算数でつまずいたら、どうしよう」
「最初の科目で失敗して、そのショックを引きずったまま国語に向かうことになったら……」
その不安、痛いほどわかります。
算数は、でき不出来の手応えがはっきりと自分に返ってくる科目です。「解けた!」という高揚感もあれば、「手も足も出なかった」という絶望感も、ダイレクトに感じてしまう。
それが試験の冒頭、9時15分からの45分間で起こるのです。
心の準備運動(ウォーミングアップ)なしに、いきなり全力疾走を求められるようなものかもしれません。
私は、まなび研究所の受験生たち一人ひとりの顔を思い浮かべました。
「これは、彼らが『自立』するための、最初の一歩なのではないか」と。
附属浜松中が掲げる理念の一つに、「自立・自律」があります。
誰かに整えてもらった環境で力を発揮するのではなく、予期せぬ困難がいきなり降りかかってきたとしても、自分の足で立ち、深呼吸をして、目の前の課題に向き合う。
そんな「心の姿勢」そのものが、試されているのかもしれません。
真言密教の視点から見る「順序」
少しだけ、仏教の視点でお話しさせてください。
真言密教の世界観では、物事の「理(ことわり)」や自然の法則を重んじます。
朝という時間は、一日のうちで最も「陽」の気が高まり、生命力が満ちる時間帯です。
この神聖な時間に、論理的で構造的な「真理」に近い算数という科目を配置するのは、ある意味で非常に理にかなっていると感じます。
混沌とした感情や主観が入り込む余地のない、数と論理の世界。
それに、澄み切った朝の心で対峙する。
それはまるで、座禅を組み、雑念を払って自己の内面と向き合う行(ぎょう)にも似ています。
一方で、その後の25分間の休憩を経て行われる「国語」。
ここでは、論理的な思考から、人の心情や文脈を読み解く、柔らかく、深い思考への切り替え(シフトチェンジ)が求められます。
「理(Logic)」から「情(Emotion)」へ。
この鮮やかな転換こそが、人間が本来持っている豊かな知性なのかもしれません。
まなび研究所が見つめる「本質」
私は普段、生徒たちに「本を読むこと」を基盤にした指導を行っています。
一見、算数とは無関係に見えるかもしれません。
しかし、今回の変更で、私たちの取り組みがより一層、その意味を増すと確信しています。
なぜなら、算数の難問を解く鍵は、計算力以前に、「問題文が何を言わんとしているか」を構造的に把握する力(=読解力)にあるからです。
「算数ファースト」の入試 において求められるのは、単なる数字の操作ではありません。
初めて見る問題、未知の状況に対して、
「これはどういうことだろう?」
「つまり、こういう構造になっているのか」
と、言葉と論理を使って現状を分析する力です。
私がまなび研究所で、受験生たちと対話をしながら育てているのは、まさにこの「根っこ」の部分です。
表面的なテクニックではなく、どんな問題が来ても「なるほど、そう来たか」と受け止められる、太くしなやかな幹。
算数が先か、国語が先か。
形式は変われど、本質は変わりません。
むしろ、順序が変わることで、その本質がよりクリアに浮かび上がってきたように感じます。
1月10日を待ちわびて
令和8年1月10日。
その日の試験問題がどのようなものになるのか。
私は今から、楽しみで仕方ありません。
学校側が、将来を担う子供たちのために、どんな「問い」を投げかけてくるのか。
そして、その問いに対して、子供たちがどう「応答」するのか。
私たち大人ができることは、不安を先回りして取り除くことではないのかもしれません。
むしろ、
「順番が変わったんだってね。面白いじゃないか」
「朝一番の算数なんて、頭が冴えて最高だね」
と、その変化を前向きに面白がる背中を見せること。
親御さんのその余裕こそが、お子さんにとって最強のお守りになる気がしてなりません。
もちろん、戦略的な準備は必要です。
朝型の学習リズム、最初の45分間の使い方は、これまで以上に重要になるでしょう。
休憩時間の25分間を、どうやって心をリセットする「空白の時間」にするか。
そういった具体的な「心と頭の作法」については、研究所で一人ひとりの個性に合わせて、じっくりと作戦を練っていきたいと思います。
変化は、恐れるものではなく、楽しむもの。
そして、その変化の波を乗り越えた先にこそ、本当の成長が待っています。
1月10日の朝が、すべての受験生にとって、
希望に満ちた「挑戦の始まり」となりますように。
2026/01/06 Category | blog
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