【1/6付】意見を育てるニュース教室:2026年を予想する小学5年生たち
年が明け、少しずつ日常の喧騒が戻ってきましたね。今、私の手元には一通の業務報告書(メール)があります。「意見を育てるニュース教室」を担当している小川先生からの報告です。
そこに記されていたのは、大人である私たちが思わず姿勢を正してしまうような、子どもたちの「眼差し」でした。
授業のテーマは「2026年を予想する」。
たった一年後の未来。私たち大人にとっての1年は、あっという間に過ぎ去る日常の延長かもしれません。しかし、成長の真っ只中にいるお子さんたちにとっての1年は、世界が変容するほどの長い時間軸なのだと、改めて突きつけられました。
報告書に並ぶ、生徒たちの言葉をなぞってみます。
ある子は言いました。「WBCで日本が二連覇する。新しい戦力が加わったから」そこには、純粋な希望と、データに基づいた分析があります。
ある子は、切実な危機感を口にしました。「クマ被害は続くと思う。地球温暖化で自然環境が破壊されているから」「私の住んでいる所でもクマの通報があった。どう身を守るか考え直したい」
そして、私がおののいたのは、彼らが捉えている「テクノロジーと人間の未来」の解像度の高さです。
「暑さで人々は家で過ごすことが多くなり、関わりはオンラインやAIが中心になる」「AIによってニセ情報が拡散されたり、CopilotやChatGPT、ジェミニーなどで作った生成画像が広まる」
Copilot、ChatGPT、そしてGemini。小学生や中学生の口から、これらの固有名詞が当たり前のように語られ、さらには「ニセ情報の拡散」という社会課題まで見通している。
私はこの報告を読みながら、ふと、自分が僧侶として手を合わせている時の感覚を思い出しました。静寂の中で、目に見えない大きな流れを感じ取る瞬間。それと同じような感覚を、この子どもたちの言葉から感じたのです。
私たち親世代は、どこかでこう思っていないでしょうか。「子どもはまだ、世界を知らない」と。「守ってやらなければならない、未熟な存在だ」と。
けれど、現実はどうやら違うようです。彼らは、私たちが思っている以上に、この不安定な世界の「匂い」を嗅ぎ取っています。ニュースやネットの断片的な情報から、自分たちが生きていく未来が、決して平坦な道ではないことを肌で感じている。異常気象も、AIの台頭も、彼らにとっては「勉強するテーマ」ではなく、「生き抜くためのリアリティ」なのです。
お母さん、お父さん。お子さんの背中を見ているとき、ふと不安になることはありませんか?「この子は、この激動の時代を幸せに生きていけるのだろうか」と。志望校に合格できるか、成績が上がるか、という目の前の不安の奥底に、もっと根源的な「生存への問い」が横たわっているのを感じることがあるかもしれません。
私もまた、一人の教育者として、その問いの前に立ち尽くすことがあります。
浜松西や静岡大学附属、あるいは愛知の明和や刈谷といった難関校を目指すコンサルティングの現場で、私は日々、偏差値や合格判定という数字と向き合います。しかし、数字の向こう側にあるのは、こうした「鋭い感性」を持った生身の人間です。
AIが生成画像を広め、暑さで外に出られないかもしれない未来。そんな世界で、彼らを支えるものは何でしょうか。
私はそれを「言葉」だと信じています。
今回の授業で、彼らはただ未来を憂いているのではありませんでした。「考え直したい」「予想する」「広まるだろう」自分の言葉で、未来を定義しようとしていました。
恐怖に飲み込まれるのではなく、言葉にして対象化し、思考のテーブルに乗せている。これが「知性」の芽生えでなくて何でしょうか。本を読み、文脈を理解し、自分の意見を持つこと。私たちがまなび研究所で、国語や文章読解のトレーニングを何より大切にしている理由は、ここにあります。

2026/01/07 Category | blog
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