静大附属浜松中入試④:令和8年度入試に向けた実践的提言

全4回にわたってお送りしてきた、附属浜松中の入試改革シリーズも、いよいよ最終回を迎えました。

これまでの話で、「算数ファースト」という学校からの挑戦状が、お子さんたちに「思考の全力疾走」「心理的な天王山」、そして「算数のゴースト」という三つの重い壁となって立ちはだかる、という現実をお伝えしてきました。

「うちの子に、そんな過酷な試練を乗り越えられるだろうか」

そんなご不安を、今、強く抱かれているかもしれません。そのお気持ち、痛いほど分かります。

しかし、学校側がこの「高い壁」をあえて用意したのは、子どもたちをふるい落とすためではありません。逆です。「この壁を乗り越える準備をしてきた、タフでしなやかな思考力を持つ子にこそ、来てほしい」という、熱烈なラブコールなのです。

今日は、そのラブコールに応えるための、具体的な「合格の青写真」をお話しします。これは、机上の空論ではありません。ご家庭ですぐに実践できる、極めて具体的な「作戦」です。


1. 家庭学習の「1番目」を、算数に変える

まず、一番シンプルな、しかし、一番強力な訓練から。

それは、「日々の家庭学習を、必ず算数から始める」ことです。

学校から帰ってきて、疲れた頭で国語の漢字練習から始める……。その「当たり前」を、今日から捨ててください。

脳が一番フレッシュで、エネルギーに満ちている時間。そのゴールデンタイムに、あえて一番重い、算数の思考力問題を持ってくるのです。

これは、試験本番で「9時15分、チャイムと同時に思考をトップギアに入れる」ための、最高のシミュレーションになります。

最初は、お子さんも「えー、いきなり算数?」と嫌がるかもしれません。でも、この「脳のウォーミングアップを強制的に行う習慣」こそが、第一の壁を突破する鍵です。

そして、その際、私たち親が問いかけるべきは「答え、合ってた?」ではありません。

「どうして、その解き方を選んだの?」です。

解法を暗記するのではなく、「なぜ、そう考えるのか」という思考の「原石」を、一緒に磨き上げる。それこそが、学校が求める「論理的思考力」そのものなのです。


2. 「捨てる勇気」という名の、最強の戦術

次に、本番の45分間を制する戦術です。

それは、皮肉なことに、「すべてを解こうとしない」勇気。

私はこれを、「戦略的撤退(トリアージ)」と呼んでいます。

試験開始の1分で、すべての問題に目を通す訓練をしてください。そして、「確実に取れる問題」と「時間がかかりそうな難問」を見極める。

そして、もし難問にぶつかって、3分考えても糸口が見えなかったら?

——その時は、勇気を持って、その問題を「捨てる」のです。

これは「あきらめ」ではありません。失点を最小限に抑え、残りの時間で確実に得点を積み上げるための、高度な「戦略」です。

この「見切る力」こそ、時間切れという最悪の事態を防ぎ、お子さんのメンタルを守る盾となります。

満点を目指すのではなく、合格点を「かき集める」。この冷静な判断力こそ、学校が求める「やり抜く力」の、もう一つの姿なのです。


3. 「25分間のリセット儀式」を、親子で設計する

そして、これが最も重要です。

第3部でお話しした「数学のゴースト」を断ち切る、あの魔の25分間の休憩時間。

この時間は、単なる「休み時間」ではありません。

次の国語で100%の力を発揮するための、**「戦略的リブート(再起動)時間」**です。

そして、この「リブート儀式」は、ご家庭で練習し、設計するしかありません。

親子で、こんな「作戦会議」を開いてみてください。

「算数が終わったら、まず何をしようか?」

  • 物理的に遮断する「まず、問題用紙を閉じて、カバンの一番奥にしまう。これでもう算数のことは考えない、っていう『儀式』にしよう」
  • 精神をリセットする「冷たいお茶をごくっと飲んで、一回空を見る。深呼吸を3回する。それから、国語の試験官が入ってくるまで、目を閉じる。どう?」
  • 絶対に禁止するルールを決める「一番やっちゃいけないのは、友達と答え合わせをすること。あれは不安を増やすだけだから、絶対にやめようね」

こんなふうに、お子さん自身が「自分で決めた」ルーティンを、あらかじめ用意しておく。

「認知的残留効果」という見えない敵には、「儀式」という名の具体的な行動でしか対抗できません。

模擬試験は、このリブート儀式を練習する、最高の舞台です。


結論:この入試は、親子の「対話」を見ている

ここまで、具体的な戦術をお話ししてきました。

でも、お気づきでしょうか。

これらの戦術はすべて、お子さん一人の努力で完結するものではありません。

日々の学習順序を見直すこと。

「捨てる勇気」を戦略として認めること。

「リセット儀式」を一緒に設計すること。

これらすべてに、私たち親との「対話」と「作戦会議」が不可欠です。

学校側は、今回の変更を通じて、私たちに問いかけているのです。

「あなたのご家庭は、目先の点数に一喜一憂していませんか?」

「子どもが困難にぶつかった時、それを乗り越えるための『作戦』を、親子で一緒に考えていますか?」と。

附属浜松中が本当に見たいのは、ペーパーテストの点数だけではない。

困難な課題に直面したときに、論理的に考え、戦略を立て、しなやかに立ち直る。その子の「生きる力」そのものです。

その力を育むのは、塾のテキストだけではありません。

「どうして、そう考えたの?」と問いかける、親の好奇心。

「その問題、捨てたんだ。賢い選択だね」と認める、親の度量。

「次の国語、どうやって頭を切り替える?」と、未来の作戦を一緒に練る、親子の「対話」の時間。

それこそが、この「算数ファースト」という高い壁を乗り越える、たった一つの、しかし、最も確実な「合格の青写真」なのだと、私は確信しています。

4回にわたり、長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

もし、この青写真の描き方で迷ったり、お子さんとの対話に悩んだりしたら。

いつでも、あなたの胸のうちを、聞かせてください。


2025/11/13 Category | blog 



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