静大附属浜松中入試③:「算数の失敗」が「国語」まで破壊する。~新入試が仕掛ける、恐ろしい「思考のワナ」~

前回、附属浜松中の「算数ファースト」という決断は、学校側からの「挑戦状」である、というお話をしました。 「我が校が求めるのは、本質的な思考力だ」という、強烈なメッセージです。

今日は、その挑戦状を突きつけられた当事者、つまり、私たちの大切なお子さんたちが、試験当日、どんな現実に直面することになるのか。その、少し「残酷」とも言える側面について、お話しなければなりません。

この変更は、子どもたちがこれまで経験したことのない、新たな「3つの壁」となって立ちはだかります。


第1の壁:ウォーミングアップなき、思考の全力疾走

まず、想像してみてください。 試験開始の合図と同時に、お子さんの目の前に置かれるのは、あの思考力を問う算数の問題です。

エンジンのかかりが遅い、いわゆる「スロースターター」のお子さんにとって、これはとてつもない試練です。これまでは、比較的得意な国語の長文を読みながら、ゆっくりと試験の雰囲気に慣れ、脳を温めていく「準備運動」の時間がありました。

しかし、その時間は、もうありません。 9時15分、チャイムが鳴ったその瞬間から、思考のギアをいきなりトップに入れ、脳をフル回転させなければならない。これはもう、全力疾走です。

もちろん、算数が得意で、朝から頭脳明晰なお子さんにとっては、これ以上ない最高の舞台です。自分の最強の武器を、フレッシュな頭脳で存分に振るうことができるのですから。

ですが、そうでないお子さんにとっては……? この変更は、「算数が得意な子が、そのアドバンテージを最大化できるルール」へと変わったことを意味します。残酷なようですが、これが一つ目の現実です。


第2の壁:失敗が許されない、心理的「天王山」

そして、この「最初の60分」は、当日の合否を分ける、心理的な「天王山」となります。

もし、最初の算数で、自分の持てる力を出し切り、「できた!」という確かな手応えを掴めたなら……。その自信は、どれほど大きな「追い風」になることでしょう。その後の国語や面接も、最高の精神状態で臨めるはずです。

では、もし、逆だったら?

一問目から手が止まり、焦りだけが時間を食いつぶしていく。難問に固執してしまい、気づけば時間が足りない。まさかの計算ミス……。 試験の冒頭で「やってしまった」という絶望感を味わうこと。それは、国語が先だった頃の比ではありません。

「この試験、もうダメかもしれない」

この、たった一度のつまずきが、その日一日の自信を根こそぎ奪い去り、あとの科目すべてに暗い影を落とす危険性をはらんでいます。最初の科目の重要性が、これまでの入試とは比較にならないほど高まった。これが、二つ目の現実です。


第3の壁:頭に残る「算数のゴースト」

しかし、本当に恐ろしいのは、この三つ目の壁です。 親御さんには、なかなか見えにくい、お子さんの頭の中だけで起こるパニック。

それは、「認知的残留効果」と呼ばれる現象です。

算数の試験が終わった。休憩時間でトイレにも行った。さあ、次は国語だ、と気持ちを切り替えた……つもり。 でも、頭の中では、まだ「あの問題」が生きているのです。

「あ、あの問題、こうすれば解けたかもしれない」 「なんで、あの時、あの方法を試さなかったんだ」

無意識のうちに、解けなかった算数の問題のことが、バックグラウンドで処理され続けている。脳のメモリが、その「算数のゴースト」に食いつぶされていくのです。

その状態で、国語の長文読解に臨むと、どうなるか。 集中力が散漫になり、文章が頭に入ってこない。登場人物の関係が、途中で分からなくなる。設問の意図を、なぜか読み間違えてしまう。

算数での失敗が、まるで呪いのように、次の国語のパフォーマンスまで蝕んでいく。 この「負の連鎖」が、新しい試験順序では、格段に起こりやすくなったのです。


この三つの壁を知って、ご不安になるのは当然です。 「うちの子に、そんなプレッシャーを乗り越えられるだろうか」と、胸が苦しくなるお気持ちも、痛いほど分かります。

しかし、学校側がこの変更に踏み切ったのは、まさに、このプレッシャー下でこそ輝く「何か」を見たいからに他なりません。

それは、単なる算数の計算力ではありません。 試験開始と同時にトップギアを入れる「瞬発力」。 もし失敗しても、引きずらずに立ち直る「精神的な回復力」。 そして、論理的な思考から言語的な思考へと、頭をスパッと切り替える「思考の柔軟性」。

これらはすべて、知識の量ではなく、お子さん自身が持つ「主体性」であり、困難に立ち向かう「やり抜く力」そのものです。

入試は、学力テストであると同時に、「心の強さ」を測るテストへと変貌したのです。

では、この目に見えない「心の強さ」を、私たちは家庭で、いったいどうやって育んでいけばいいのでしょうか。

それこそが、今回の変革に対する、私たち親子の「本当の対策」になります。 その具体的なお話は、いよいよ最終回で。


2025/10/23 Category | blog 



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