「いないいないばあ」のその先へ ― 絵本作家 松谷みよ子さんが教えてくれた「真の教養」とは
2月15日、もしご存命であれば児童文学作家の松谷みよ子さんは100歳のお誕生日を迎えられていたそうです。
松谷さんといえば、やはり「いないいないばあ」。 このブログを読んでいるお母さん方の中にも、幼い我が子を喜ばせたくて、ボロボロになるまでこの絵本を読み聞かせた思い出がある方が多いのではないでしょうか。
あの頃、ただ無邪気に笑っていたお子様たちは今、成長し、より複雑な世界と向き合い始めています。
先日、国語読解トレーニングの授業で、まさにこの「松谷みよ子さん」についての評論文を読みました。そこで松谷さんが見せてくれた姿に、私は「勉強することの本当の意味」を教えられた気がします。
「優しさ」という名の想像力
その日の文章は、松谷さんが絵本に込めた深い祈りについて書かれたものでした。
松谷さんは、まだ離婚がタブー視されていた時代に、あえて家庭内の葛藤や別れをテーマにした作品を描きました。それは、大人の事情で傷つき、「うちは不幸なんじゃないか」と孤独を感じる子供たちへ、「あなただけじゃないよ」と寄り添うための、精一杯の愛情でした。
この記事を読んだ生徒のAさんは、ふと顔を上げ、こう呟きました。
「難しい問題だからこそ、絵本という『優しい形』で伝えることに意味があるんですね」
私はこの言葉を聞いて、胸がじんわりと熱くなりました。 単に文章を要約するのではなく、著者の痛みを伴う優しさを、Aさん自身の感性で受け止めていたからです。
記事の中には「夫婦別姓」や「ヤングケアラー」といった、現代的な社会課題も登場しました。 大人はつい、これらをニュース用語としてドライに処理してしまいがちです。しかしAさんは、それらを単なる単語としてではなく、「そこで暮らす家族の姿」として想像し、捉えようとしていました。
点数には表れない「真の教養」
私たちはつい、「勉強ができる」「テストの点数が高い」ことを重視してしまいます。もちろん、それも大切です。
しかし、それ以上に大切なのは、自分とは違う環境にいる誰か、見えない誰かの痛みに思いを馳せることができる「想像力」ではないでしょうか。
知識をただの暗記で終わらせず、「これは誰かの人生の話なんだ」と結びつけて考えられる力。 これこそが、人が学ぶことで得られる「真の教養」だと私は思います。
ご家庭で育てたい「想像の翼」
Aさんの心には、他者の痛みを理解しようとする、とても温かく、柔らかい場所があります。 テスト勉強や部活動で忙しい毎日ですが、Aさんの心はとても豊かに育っています。
ご家庭でも、もしテレビや本で少し複雑な家庭環境や社会ニュースの話が出てきたら、議論をするのではなく、ぜひこう問いかけてみてください。
「こういう時、この人たちはどんな気持ちなんだろうね」
そうやって一緒に想像の翼を広げることが、お子様の「優しさ」という教養を育む一番の栄養になります。
「いないいないばあ」で笑い合っていたあの頃と同じように、今度はお子さんと一緒に「社会の誰かの心」を想像してみてください。 もしお子様がそんな優しい気づきを口にしたら、点数だけでなく、その学ぶ姿勢そのものを、たくさん褒めてあげてほしいと思います。
勉強の「その先」にいる誰かのために
私たち大人は、つい「将来のために勉強しなさい」と言ってしまいます。でも、その「将来」とは、自分自身の立身出世のためだけではありません。
勉強の先には、必ず「人」がいます。
机に向かって必死に努力した経験が、いつか同じように壁にぶつかった誰かを励ます勇気になるかもしれません。 教室で身につけた知識が、社会をより良く変えるアイデアの種になるかもしれません。 そして、本の中で出会ったたくさんの言葉たちが、落ち込んでいる友人にそっと寄り添い、心を救う力になることだってあるのです。
「あなたの学びは、いつか誰かを幸せにする力になる」
このことを、ぜひ私たち大人が子どもたちに伝えてあげてください。 それは、点数や偏差値以上に、彼らがこれからの複雑な社会を迷わずに歩んでいくための、何より太い「心の支え(哲学)」となるはずです。
Aさんが見せてくれた優しさが、確かな教養として花開くように。 私自身も、「勉強の先には人がいる」というこの大切なメッセージを、国語、受験勉強を通じて生徒たちに伝え続けていきたいと思います。
2026/02/17 Category | blog

