中学受験は9月が分かれ道。模試という「体力測定」から、過去問という「実戦」へ。【静大附属浜松中・浜松西高中等部】

夏の暑さが和らぎ、夕暮れの色が少しずつ深まってくるこの季節。お母さん、お父さんの胸の中には、期待とともに、言いようのない焦りのような気持ちが芽生えている頃かもしれませんね。夏期講習を乗り越え、いよいよ受験本番までの道のりがくっきりと見えてくる9月。カレンダーをめくる指が、少しだけ重く感じられることもあるでしょう。

「これから、何をすれば一番この子のためになるのだろう?」

「模試の点数もまだ安定しないのに、過去問なんてまだ早いんじゃないかしら…」

そんな声が聞こえてきそうです。ええ、本当にそうですよね。目の前の成績が不安定だと、まずはそこを固めなければと考えるのは、とても自然なことです。まだ体力もついていないのに、いきなり試合に出るなんて無謀だと感じるかもしれません。

ですが、少しだけ立ち止まって、一緒に考えてみませんか。

そもそも、お子さんが挑もうとしているのは、誰でも参加できる体力測定会でしょうか。それとも、たった一つの目的地を目指す、特別な試合なのでしょうか。

模擬試験は、全国の受験生の中での立ち位置を教えてくれる、とても優れた「体力測定」です。基礎体力、つまり汎用的な学力がどれくらい身についているかを客観的に示してくれます。しかし、お子さんが目指す学校の入試は、その学校が、その学校のためだけに作った、とてもユニークなルールの試合なのです。

例えば、静大附属浜松中の国語は、最初の数問は驚くほど基礎的なのに、長文問題になった途端、まるで別人のように手強くなるという特徴があります。また、算数は、数年前までとは打って変わって、計算問題が姿を消し、すべてが思考力を問う問題へと様変わりしました。他方、浜松西高中等部においては、独特の総合問題や、短い時間で自分の考えをまとめ上げる作文など、その学校だけの「癖」や「個性」が、そこには色濃く反映されています。

これらは、体力測定だけを繰り返していても、決して見えてこない景色です。

以前、こんなお子さんがいました。模試ではいつも安定した成績で、本人も自信を持っていました。そして9月、初めて志望校の過去問に挑んだのです。結果は、想像を絶するものでした。答案用紙を前に、呆然と呟いたそうです。「…全然、時間が足りなかった。書きたいことの半分も書けなかった」。

彼は、自分の学力が低いことにショックを受けたのではありませんでした。その学校が求める「戦い方」を、全く知らなかったことに気づいたのです。時間内にどの問題から解き、どこで粘り、どこで見切りをつけるのか。その学校の答案用紙は、何を、どのように表現することを求めているのか。その「対話」の方法を知らなかったのです。

過去問と向き合う時間。それは、お子さんが志望校と初めて交わす、静かで、真剣な対話の時間なのかもしれません。

答案用紙に刻まれた一問一問は、学校からのメッセージです。「私たちは、こんな力を持った子に来てほしいんですよ」という。そのメッセージを、お子さん自身の心と体で受け止め、自分なりに返事を書いてみる。最初はうまく返事が書けなくてもどかしいかもしれません。時間内に伝えきれないこともあるでしょう。

でも、そのもどかしさこそが、羅針盤になるのではないでしょうか。

「点数が悪かったら、この子の自信がなくなってしまうのでは…」

そのお気持ち、痛いほどわかります。ですが、もし、過去問を解く目的が、単に点数を取ることではなかったとしたら?もし、お子さん自身が、自分の現在地と、目的地までの地図をその手で確かめ、自分だけの航路を描くためのものだったとしたら、どうでしょう。

お母さん、お父さんの役割は、点数という結果を評価することだけではないのかもしれません。お子さんが、たった一人でその地図と向き合い、格闘している背中を、静かに見守ること。そして、答案用紙から聞こえてくる声なき声に、一緒に耳を澄ませてあげること。「時間が足りなかったんだね」「この問題の意図が、なかなかつかめなかったんだね」と。

その寄り添いが、お子さんにとって、どんなに心強い灯りになることでしょう。

9月からの過去問との対話は、時に厳しく、お子さんの未熟さを突きつけるかもしれません。しかし、それは同時に、自分に足りないものを知り、それを乗り越えようと決意する、自立への確かな一歩でもあります。一枚一枚の過去問は、合格への切符であると同時に、お子さんが自分自身と向き合い、成長するための、かけがえのない贈り物なのです。

その贈り物を開ける瞬間、隣で見守る親御さんの眼差しが、温かいものでありますように。


2025/09/02 Category | blog 



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